林 肥満症はメンタルの観点からも、気をつけて見ていく必要があります。特に大きな課題と言われるのが、スティグマの解消です。スティグマとは昔は烙印(らくいん)という意味でつかわれていた言葉ですが、現在は「社会から差別的に扱われること」を指します。肥満や肥満症に関するスティグマは主に、見た目に関するものです。多くの人が「やせた=きれいになった」という表現を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
横手 そうですね、しかも「やせることが大切」というような表現に、やせる必要のない若い女性ほど強く反応しやすいという傾向もみられます。
林 変化の兆しもありますが、スタイルがいいのはやせている状態だという価値観が根強く、今はまだそれが憧れられる時代なのだと思います。
横手 しかし、やせすぎには肥満とは異なるリスクが生じます。若い女性の場合、月経不順や免疫力低下、将来的に骨粗しょう症を患う可能性もあるので注意が必要です。そもそも太っていることが悪いかというと、必ずしもそうではありません。また「ふくよか」「ぽっちゃり」といった日本語は決して悪意ある表現ではないと思います。捉えかたの問題は小さくないでしょうね。食糧が不足していた時代には、太っている人が羨望(せんぼう)されていたわけですし、飽食時代の社会環境の変化が影響しています。
林 社会的なスティグマで言えば、欧米では太っていると「自己管理ができていない」とみなされることがありました。その風潮は日本にも少なからずあると感じます。こうした社会的なスティグマにさらされ続けることで生じるのが、自分を卑下してしまう「自己スティグマ」です。差別によるストレスなどから自信がなくなって、引きこもりぎみになってしまい、活動量が少なくなり、太りやすくなるという悪循環に陥ることもあります。
横手 気にかけたいところですね。我々は生活習慣病などの患者さんを診療して「もう少しやせたほうがいいですね」などと申し上げるわけですが、これは皆さん当然自覚されています。けれど、なかなか結果が伴わない。そんな時に的確なフォローをしないと「自分の意志が弱いのだ」と悩んでしまうことがあるように思います。「本人が悪いから」「だらしないから」などと考えがちですが、根拠のないスティグマが生じないよう、知見を広く共有していきたいものです。医療者ですら、偏見を持ってしまう可能性もありますから。
林 その通りだと思います。アメリカの研究で、医療者にもオベシティ・スティグマ (肥満に関するスティグマ) が存在することを示すデータが発表されました 3。医療者も人間ですから、小さい頃から触れてきたマスメディアの影響で知らぬ間に自分の中に入り込んでいる感覚があるということです。それを感じてしまうことが悪なのではありませんが、そのような感覚のある自己を自覚し、肥満の患者に対しての抵抗感を抑えつつ、肥満になるにも各患者にそれぞれの深い事情があることを理解し、真摯に治療する姿勢が必要です。この結果が示しているのは、その自覚を改めて促すものだと思います。
横手 これはまさに、昨今のLGBTQをはじめとする多様性への配慮にも通じるものですね。